2010年8月30日月曜日

中之条ビエンナーレのオリエンテーションに行ってきました

中之条ビエンナーレは群馬県中之条町で開かれる2年に1回の芸術祭です。来年8月20日から38日間にわたって開催されます。2011年の開催のために選ばれたアーティストは120人。先日オリエンテーションが行われました。参加アーティストをバスにのせて、会場候補地を回るツアーです。私が参加した8月26日-27日は40名近くのアーティストを2台のバスに乗せて会場をまわりました。

今回で3回目となるこのビエンナーレ、町役所の全面的バックアップの元、貴重な文化財の建物も会場に提供しています。

重要文化財の養蚕農家跡の富沢家住宅。これも会場の一つ。


富沢家住宅2階のカイコ場にあるカイコの繭容器。まるで作品のよう。


廃校となった木造の小学校も会場に。中は当時のままで面白い。



四万(しま)温泉の古い旅館(これは会場ではない)


温泉情緒あるパチンコとスマートボール場。(これは会場ではない)


足湯もあります。



町の人もおじいちゃんおばあちゃんも、皆「ビエンナーレ」という言葉を知っています。
スタッフは役所の人も含めて6人。大きな資本投入もなく、本当に手作りのイベントです。それでも会期中16万人が訪れるといいます。
自然が豊かで、静かで良い所です。

役場の人は「町おこしイベント」と言っています。地域再生に参加できて嬉しいと思います。




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2010年8月25日水曜日

バリ島 2 ~資本主義システムとの関係~

バリ人は、バンジャールという地域共同体(村に相当する)に属し、生まれたときから死ぬときまでその一員である。

「人びとはバンジャールなどの地域組織に属することで小さい頃から隣人との助け合いの心を身につけており、喧嘩を好まない。このような背景もあって、住民の性格は非常に温厚である。」(wikipediaより)

バリ人から受ける素朴な感じ、ちょっと恥ずかしそうな笑顔、大きな声を出さないなど、日本人とよく似ていると思ったが、このような村社会があるからであろう
。それに加え、がたがたの道、薄汚れた家などをみていると40年くらい前の日本を思い出す。

様々な宗教儀礼が日頃からおこなわれ、また祭りが非常に多い。毎日、どこかで祭りが行われている。

私の滞在中、近くの寺院で大きな祭りがあったので腰布を借りて見物に行った。(一応神聖な場所なので腰布をつけないと入れない)。 ガムランと踊り中心の舞台だったが、夜の10時ころから始まって朝方まで続くという。(私は子連れだったので11時ころ帰ったが。)
この祭りは穏やかなものでしたが、バリの中には、人々がトランス状態になってしまう激しい祭りもあるらしい。

このような地域社会との深い結びつきや、各種の芸能、祭りなどのイベントによって、バリ人の精神的満足度は非常に高いと聞いている。

■■■

さて、なぜバリは地域社会と宗教儀礼などの昔の社会システムが、連綿と生き続けているのだろうか。世界的には資本主義社会の発達とともに、そのような旧社会システムは廃れてきてるというのに。

社会システムは、典型的には血縁システム、封建主義システム、前期資本主義システム、後期資本主義システム、という順に変化してきた。西欧や日本はそのような経緯をたどったが、バリは違ったのである。

そもそも土地の肥沃なバリ島では、さほど長時間働かなくても食べるに十分な糧を得ることができた。余った時間を、楽器演奏や舞踊、工芸、宗教儀礼、祭りなどに費やすことができた。今日につながるバリ文化の基礎が作られたのである。

オランダの支配下に入ると、西欧社会はバリの豊かな文化に目をつけ、「神々の息づく神秘の島」としてバリの観光地化に乗り出した。さらに戦後のスハルト大統領時代にリゾート開発が進められ、バリの観光産業はこの島に根付いていったのである。
「物質文明に疲れた資本主義社会の金持ちが安らぎを求める場」としてのバリ島の地位が確立した。芸能も工芸も観光客に見せるアトラクションとして完成度を高めていったのである。

そしてバリ人の基本的生活基盤であるバンジャール(村)と宗教生活儀礼は、そのまま存続したのである。

ご存知のように、日本では60年代以降の急速な大都市の発達によって地方から若者がいなくなり、地域文化が継承されなくなった。一方バリではそれが起こらなかった。

バリ人と、西欧をはじめとする資本主義社会との、両方の需要によって、バリの伝統社会は残り今日までバリの揺るぎない社会基盤となっているのである。資本主義との特異な共同関係によって、自分達の伝統文化を守ることが出来たのである。

バリは、資本主義システムを自分達の価値観にうまくあわせて相対化している。例えば、バリには特有の空間倫理があって、山側はカジャといって聖なる方向、海側はクロッドといって穢れた方向である。(バリ人が亡くなると盛大な火葬行事を行って灰を海に流す。だからバリ島には墓はなく、代わりに家の敷地内の山側(クロッド)の東側に小さな寺を建てて毎日拝んでいる。)
観光客で賑わうリゾードがクタやレギャンなどの海辺にあるのは、彼らの空間倫理に適っているのである。

自然-身体-精神-社会をつなぐ観点から言えば、バリ社会は一つの模範となる。宗教儀礼や祭りが、その4つをつなぐために機能している。しかし資本主義との特異な協力関係なくしてこれは実現できなかったはずだ。

日本のように精神文化を新たに作っていかなければならない状況にある場合、芸術がそれに関わることができるであろうか。
昨日、私も参加する中之条ビエンナーレ2011のオリエンテーションに行って来た。町の文化財の養蚕農家建物や、廃校となった木造小学校を会場にした現代アートのイベントである。120人のアーティストが参加するという。資本投入はない。町役場の協力のもとにある手作りのイベントである。詳細は次回に述べるが、わが国でも地域文化再生の胎動が見られることは述べておこう。

■■■
最後に述べておきたいことがある。
1965年にスマトラ、ジャワ、バリなどで共産主義者の虐殺事件が起こったことである。
詳しくはこちら→
インドネシア共産党
特徴的なのは国家や独裁者によって殺されたのではなく、民衆が虐殺に参加したことである。
共産主義者は神を信じぬ輩として、宗教的な義務として行われたようなのである。
犠牲者はバリ島だけで8万人ともいわれている。実に当時の人口の20人に一人である。魔女狩りに近い疑心暗鬼の状況だったのではないだろうか。自らの宗教的な生活価値を守るために、バリには血が流されたのである。
この事件は、楽園バリに相応しくないエピソードとしてタブーのように扱われ、話されることは極めて少ない。


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2010年8月24日火曜日

バリ島 1~バイク・観光・宗教~

バリ島にいってきました。昨日帰ってきました。
今後数回に渡って、バリの社会・宗教・資本主義との関係などを考えてみたいと思います。

さて、猛暑の日本ですが、それに比べて赤道近くのバリ島はなぜか涼しい。
28-30℃くらいです。Tシャツ短パンで過ごすには兆度良い気温です。

バリ島中部のウブドというところに5日間滞在しました。
ウブドは芸能・文化の中心地と聞いていたので、静かなところかと思いましたがとんでもありません。
道はバイクだらけ。排気音も日本のスクーターより大きくて、そのうるさいこと・・・。
バリ島に到着後、最初に空港から降りて目的地に向かう途中、旅行者が出会うのは、そんなスクーターだらけの光景です。
楽園バリとは、オートバイの楽園のことなのか??


信号はありません。でもそんなに飛ばす人もいません。


ウブドの道はガタガタで歩きにくい。道端のドブにフタをして歩道にしています。ところどころ壊れています。
野犬なのか、放し飼いなのか、毛が剥げた犬もよく歩いています。


たくさんの外国人が、ひっきりなしに道を歩いています。欧米人が多い。言葉を聞いていると英語、フランス語、ドイツ語、中国語、日本語・・・世界中から集まっています。
ウブトは言ってみれば軽井沢みたいなところで、短期旅行、長期滞在、あるいは居住している外国人が非常に多い。
それら観光客相手の面白いショップ、レストラン、カフェ、ギャラリーなどがどこまでも軒を連ねています。


これら表通りが観光街としてのウブドの表の顔です。



一歩通りから裏に入ると、美しい棚田が広がるのどかな風景です。
今も昔も変わらぬ風景。この喧騒と静寂のギャップが凄い。
バリ島のもう一つの主産業の農業です。熱帯のバリでは1年に何回も米がとれます。田植えしたばかりの棚の隣は、重そうに稲穂が垂れていたりします。





もう一つ、バリ島の特徴はバリの人々の信心深さです。
バリの宗教はバリ・ヒンドゥーという特有なヒンドゥー教で、町のいたるところに寺院があり、 祭壇があり、それらには必ず線香や供物が置かれています。

ショップの前には、必ず浄めの供え物があります。毎朝かならず供えるのです。


どんなお店にも部屋の片隅に必ず祭壇があり、供え物が入っています。
この写真は美術館の中ですが、モダンアートのギャラリー内においても必ず祭壇があります。


美術館の入口。職員がお祈りとともに供え物をしています。

バリの人々の生活は、これら宗教儀礼で埋め尽くされているといっても過言ではありません。
バリの宗教儀礼については、私などとても語りつくせるものではありませんが、
この2010年、バリにあっては宗教的慣習が廃れるどころか、若い世代に確実に受け継がれ今後も続いていくであろうと思われます。
それは何故なのか?次回以降で考察します。


↓今回は美術とは違う話題ですが・・・
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2010年8月16日月曜日

中之条ビエンナーレ参加とバリ旅行

2011年に開かれる中之条ビエンナーレへの参加が決まりました。
自然豊かな風情あるところのようだし
現地での住民・関係者・アーティスト・観客との交流が楽しみです。


ところで、明日から7日間、バリ島に旅行に行きます。
「神々の島」といわれるバリ島ですが
文化芸能の中心地・ウブドに滞在予定です。
バリ・ヒンドゥーと言われる独自のヒンドゥー教が生活の中心にある
バリ文化を堪能してきたいと思います。

現地には彫刻家の氏家慶二さんが住んでいます。彼との再会も楽しみです。

現地からもブログ更新したいと思います。

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2010年8月14日土曜日

意識しないトレーニング

最初はまっすぐ前を見ていて、
しかし見ているものに注意を払わない。
目は前を見ていても
できるだけ視野の周辺のほうを意識する。

そのうち、自分の真横で起こっていることや
音などで自分の後ろで起こっていることがわかるようになる。

そして自分の身体の内部で起こっていることを意識する。
つまり、呼吸によって大きくなったり小さくなったりする肺や
心臓の動きなどを。

そうして意識を内面にも外面にも
全方位的に広げ
意識自体を希薄にしていく。
すべてのものをただ流れるままにしておくこと。
ただ知覚が知覚するままに。

私は受動意識仮説を支持する者である。
自分の意識をギリギリまで希薄にし
神経の諸活動が剥き出しになるようにする。
そして、身体活動と、精神活動の境界を
無くしていこうと思う。


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2010年8月5日木曜日

保苅実さんの写真展が開催されます。

2004年に32歳で夭折した歴史学者 保苅実氏の写真展が池袋の立教大学で行われます。

保苅氏の、「歴史をつくるのは現在の人間の身体である」という独自の視点、アボリジニ文化を学問の対象ととらえず、彼らの文化の側に立って考究したという点など、その功績は歴史学にとどまらない革新的なものだ。32歳という若さで世を去ったのが本当に悔やまれる。

保苅氏のサイトは当サイトのリンク集にも3つも掲載しています。

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保苅実写真展 カントリーに呼ばれて~オーストラリア・アボリジニとラディカル・オーラル・ヒストリー~




オーストラリアの先住民アボリジニの歴史を、特にオーラル・ヒストリーに焦点を当てて研究を続けた歴史学者・保苅実(1971-2004)の遺した写真や遺品を通じ、オーストラリア先住民文化と、彼の歴史に対する斬新な視点を紹介する。




期日:9月6日(月)-9月12日(日)10AM - 5 PM(最終日は4 PMまで)

場所:立教大学(池袋キャンパス)の7号館ロビー

主催:日本オーラル・ヒストリー学会(JOHA)

協力:保苅実とつながる会、立教大学社会学部

後援:豪日交流基金、オーストラリア大使館入場無料。

大学・JOHA関係者以外の入場も可能です。

http://www.hokariminoru.org/index.html

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2010年7月31日土曜日

緑と水の波紋

大きく拡大して観てください

2010年7月25日日曜日

暑い日、池に氷塊を投げ込み、氷片を飲み込んだ。





暑い日だった。

茹だるような公園の池に

私は氷塊を投げ込んだ。

氷はゆっくりと溶けていった。

そして

私は氷のかけらを飲み込んだ。

氷は私の胃の中で

ゆっくりと溶けていった。






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暑い日の亀



暑い暑い日が続いています。
公園に行って池で泳ぐ亀を撮ってきました。
この日の練馬区の最高気温は36度。
爬虫類は温度が高いほうが動きやすいので快適なのかもしれないが
我々哺乳類は茹だるような暑さだ。
池の水面近くの水は、水というよりお湯だろう。
スピーカーもONにして、蝉の声も聞いて欲しい。
画面には時々トンボも入っています。

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2010年7月19日月曜日

自然-身体-精神-社会をつなぐ





強力粉,竹炭パウダー



私は絵を描いているのではない。
自然-精神-身体-社会を結びつけているのだ。

私は食べ物を使うことによって自然-身体をつなぎ
行為をなすことによって身体と精神をつなぎ
発表することによって社会につなぐ。

だから、出来あがった画面、は問題にならない。
この行為を成すことが問題なのだ。

私は身体の内部感覚を、手の感覚を通じて壁に貼られた紙に直接つなぐ。
だから「絵を描いている」のでもなく、「モノを制作している」のでもない。
自然-精神-身体-社会を結びつけているのだ。

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2010年7月17日土曜日

村野四郎の言葉

 「もしも実在というものが、誰の感性や意識とも直接にふれることができるものなら、詩というものなどはいらないだろう。いやそのとき、ぼくらすべては詩人になるはずである。しかし実際には、ぼくらはどんな実在をも見てはいないのだ。ぼくらが見たり、きいたりするものは、単にぼくらの功利的行為の手先として、もろもろの感覚がえらんでくれたものにすぎない。実在の本質のうち、実際にぼくらの実用に役立つもの以外は、ことごとく抑圧されてしまっているのである。知覚のはたらきは、或る型にはまって、事物は初めから、ぼくらにどう利用できるかを目当てに分類されてしまっているのだ。ぼくらが知覚するのは、事物の真相ではなくて、むしろこの分類なのだ。ぼくらは事物の相をみるのではなくて類型を見るにすぎないといわれる。こうして人間意識の類型化は、文明がその物質的条件で、ぼくたちを圧迫すればする程、その度合は進んでいく。かくして「存在忘却の夜」は深まっていくのである。」
詩集〈亡羊記〉 「後書」 より
「村野四郎詩集」 思潮社 収録



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2010年7月16日金曜日

呼吸入門



呼吸をしなかった日はあるまい。
呼吸の仕方を教わったこともない。
呼吸しなければ死んでしまう。
しかし呼吸は他の内臓の動きと違って意識して止めたり速めたりすることができる。
命をつなぐものであるはずなのに、自分で制御できる。
だから呼吸は、肉体と意思の間にある。


著者の齋藤孝氏は明確に言っている。「呼吸は身体と精神をつなぐものである」と。

日本には身体の文化があったと、齋藤氏は主張する。
腰肚(コシ・ハラ)の文化である。
丹田にある身体の中心感覚、まっすぐ立つ、歩くなどの技。
この豊かな身体文化は、長い時間をかけて培ったものであるが。
昭和初期に軍国主義と結びつき、極端な精神主義となった。
そして戦後、日本の豊かな身体文化は壊滅した。
いま目立つのは日本人の姿勢の悪さである。


保守の論客と言われている人たちの言うことを聞いていると
日本の伝統や文化に言及している場合も、説教臭い。
外国に対抗して、日本人であらねばならないというような
何か観念的なものを感じる。

齋藤氏は、ずたずたになった日本の身体文化の断片を拾い集め、
自分の身体を通じて復活させたのである。

身体を精神の結合は、観念や直観という類のものではなく
技・技術なのである。

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2010年7月5日月曜日

身体の意味次元

身体にはいくつもの次元が突き刺さっている。

身体をめぐる問題の系列にさまざまな次元がある。
考察を深めるために、すこしそれらの問題を整理してみよう。


自然としての身体
身体はもっとも身近な自然である。何も海や山に出かけなくても自然は自分にぴったりと寄り添っている。体内でおこる様々な現象はまさに自然現象そのもの。身体は地球を作っている物質と全く同じ成分で成り立ち、基本的な物理作用も全く同じだ。

進化の歴史としての身体
僕らの身体は、地球の生命誕生以来、脈々とつながってきた進化の歴史の一断面である。身体の中に地球の歴史が入っているといってよい。 内臓の配置もその複雑な機能も、進化の試行錯誤の驚くべき成果である。


見えない身体
目の裏側には視神経があるのだが、私たちはその存在を意識することはない。頭痛の時以外は、脳の存在を意識することもない。咀嚼、嚥下、胃の満腹感、呼吸などは意識できるが、血液循環、腎臓や肝臓の働きは意識できない。身体は、闇であり、外部であり、謎である。自分の身体よりも、目の前にある物のほうがはるかに良くわかり、確かに認識できる。


感覚の源泉としての身体
私たちは、感覚を外部から、または内部から与えられるものとして
その発生の源泉として、身体を認識する。
皮膚に触るものがあると、接触感覚の源泉として皮膚を発見する。
食事をして胃が膨れると、いっぱいになった感覚の源泉として胃を発見する。
身体は絶えず、感覚の源泉なのである。



医学的身体 分子的身体
近代医学は解剖から始まった。
何と何がつながっているのか、何かの作用の原因は何か、その機械的な理解が近代医学なのである。病気があると、内臓の機能不全とか、菌とかウィルスなどの実体のあるものの作用を発見してきた。その網の目は、着々と整備されここ半世紀は分子のレベルで説明されてきている。まさに身体は分子のレベルに分解しているのである。

健康維持の対象としての身体 または持病を持つ身体
健康維持の努力または病気の話は、どんな場合でも人々の興味の対象である。このことは現代の人々が、どれほどこのことに関心を持っているかを表している。

見られる身体、他者との関係としての身体
幼児が鏡を見ることから、自分を一個のまとまりのある主体として認識するという。
他者として認識され、そして他者との関係によって、我々は一個の主体となる。自分の身体認識も、他者を抜きにして語れない。他人から見られていることについて、私たちは自身の身体について特に気を使うのである。

権力的身体 管理される身体
学校がその好例だが、制服を着用し、出席番号で呼ばれ、気をつけ・礼によって授業をし、服装、態度、絶えざる試験による格付け。こうして生徒として相応しい態度物腰を身に着けた主体ができあがる。また社会人となると、スーツに身をつつみ、就業規定によって時間的・空間的に管理される。近代とは、近代の権力とは、このような身体管理のテクノロジーの発達に他ならない。

記号的意味を持つ身体
身体は記号が書き込まれる格好の場所である。まず名前がある。服装、刺青、化粧、髪型など、さまざまな記号によって人間を区別してきた。江戸時代には服装によって身分・職業が判別できた。
もちろん現代でも人々は好むと好まざるとに関わらず記号を身にまとう。女性または男性であることを強調する身なりの記号、仕事なのか休暇なのかの服装の記号、持ち物、時計、服など、あらゆるものが記号的意味を持つ。

・・・これで全部だろうか。いや、まだ、まだありそうだ。
思った以上の大変な作業だ。身体には非常に多くの意味がある。
後半になればなるほど、悪臭ただよう身体論になっている。社会が身体を生産の道具として利用することを前提とするためである。もちろん、記号化は社会的生物としての人間にとって本質的なことである。しかし、現代の社会は記号化によって身体を取り囲んでしまい、「自然としての身体」「進化の歴史としての身体」「感覚の源泉としての身体」と、あまりにも乖離してしまうのである。

だが、もう一つある。 希望の持てる身体のあり方だ。
文化的身体
これは、瞑想やヨガ、東洋医学の取り組み、呼吸法、アメリカ原住民らの儀式、などに見られる身体の使い方、身体を自然や感覚につなげる働きをする文化である。
様々な意味の絡まる複雑な身体は、よく練られた技を通じてしか本来の姿に戻ることはできないのである。このような身体文化が、記号化と同じくらい重要な意味を持ちうる社会になることが必要である。服装や持ち物と同じくらいに、身体の内面が重視される社会にすることが、私の目的でもある。



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2010年6月28日月曜日

新作 「森の中の小路を蛇が渡る」


「蛇渡る長き一瞬ありにけり」
新聞の俳句欄に載っていた句である。

森の中を切り開いた小路。
一匹の蛇が悠然として横切る。
戦慄の長い一瞬。

このビジョンは、私の中に印象的な場面として染み付いた。

森は自然である。
森を分断する道は文明である。道は森を幾何学的に分断している。
しかし森は絶えず増殖し、道はやがて森に飲み込まれる運命である。
蛇は、自然と文明をつなぐもの。自然から出て、文明に入り、そして自然に帰るもの。
つまり、人間の身体。つまり私にとっては私の身体である。

私は、このビジョンを、描き留めたいと思った。
しかし鉛筆や絵具を使うことは思ってもいなかった。
森の木とか、道路とか、蛇の姿とかを写実的に描いたところで、
それは間接的なイラストレーションに過ぎない。

強力粉を練り、竹炭を少し加え、手で描いた。このやり方が感覚に直接的で良い。


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2010年6月26日土曜日

雑誌アエラに少しだけ掲載されます

先日、アエラ記者・古川雅子さんの取材を受けたが
記事掲載についての連絡が来た。
7月5日(月)発売号にて「乾布摩擦・裸健康法」という記事の中で
以下の文が載ります。


 芸術家であり、精密機器メーカーに勤める田島鉄也さん(47)は、自分の体で感じる「感覚」で世界を捉える試みとして、芸術活動に取り組んでいる。最近、その思考実験の一環として、乾布摩擦も試したところ、
「気温や、風の流れといったものに、いかに自分が鈍感になっているか、気づいた」 
 と田島さんは言う。その効用について、
「現代人が目に見える何かを得たかわりに『失った何か』。その〈野性〉を取り戻し、外気と身体の感覚的つながりを回復する機会になるのではないか」
 と考えている。


古川さんとはたくさんの話をしたけれども、彼女の取材テーマが「乾布摩擦・裸健康法」なので、私の問題意識の全体像のうち、皮膚感覚に関する部分のみ切り取った形です。

古川さんは事前に私の「〈野性〉論」を買い求め、線を引いて非常に熱心に読んでくれていました。「〈野性〉論」は他のどの書物にも書いてないことを書きました。しかもできるだけわかりやすく。そのことをよく理解してくれていました。彼女は「〈野性〉論」の良き理解者の一人です。

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2010年6月21日月曜日

ヨーゼフ・ボイスのこと3

ヨーゼフ・ボイスの言説は、難解だ。例えばこんな調子だ。
自らの身体性として現前しているものを動かすことによって、
言語の身体的側面を通じて情報を伝達することができるという事実を経験するのである

(1977年ドクメンタ6における講演 「ヨーゼフ・ボイスの社会彫刻」(人智学出版)より)

・・・要するにただ、「口で話す」ということだが、そうは言わない。
カント以来のドイツ観念論の精神文化史に深く傾倒しているボイスは
時には哲学用語を駆使して聴衆を煙に巻く。


ボイスの言葉使いは独特である。
しかし彼の言説の周囲には、なんともいえない不穏なものが流れており
何かが起こりそうな予感がするのである。

この謎にはまってしまうと、混沌とした言説と作品群とアクションの森の中に
さまよい始めることとなる。

彼の言説は どう考えても賛成しかねるところがあり、思わず反発したくなる。
そうなると、もう私たちの思考はボイスの作品にしばしば登場する脂肪のように
とろけて流動しはじめているのである。
すなわち、私たち自身がボイスのいう社会彫刻の一部として機能し始めているのだ。

問われるべきは、そもそも革命はいかにして生起しうるかという問いであろう。 革命家はそこで、自ら実験することにより、たとえば自らの四周に現前するものを 観る事によって、さらなる操作性へと入ってゆかねばならない。 この知覚において彼は自らに問わねばならないであろう。
「この知覚とは何であろう。この知覚の中には、 自由な創造性の存在の基礎づけを可能とするようなエレメントへと自分を導くようなものが 存在するのであろうか。 」

(1977年ドクメンタ6における講演 「ヨーゼフ・ボイスの社会彫刻」(人智学出版)より)

・・・・どうも各自の知覚や思考が、革命の始まりであるといいたいようだし、また社会全体が一つの生命体として機能するとでも言いたいらしい。
ボイスはいう。人間は、本来、創造者であり、すなわち芸術家であり、革命家である。
この創造=芸術は社会を動かす力、すなわち資本である。

情報化社会の現在、人間の創造的な力が、社会を動かす力となっていることは明らかである。
しかし、それは、社会構成員が資本主義社会から創造的であることを求められている ということである。
創造性は去勢され、革命的な力は、資本主義を前進させることに利用されているのである。
そしてインターネットの情報網は生命体のように増殖している。
ボイスの理想は実現した。その言説の不穏な部分だけを取り残して。

しかし、ボイスの言説の不穏な部分、みずからボイスの言説について考え始めたら、すでにボイスの彫刻の一部になっているという不穏さ。
その粘着的な性格。つまり、掴もうとして手を出すと逆に粘着してとれなくなるという厄介さ。

彼は死んでから、消化され、消費され、無害な男になっていった。それは彼の意図ではなかったと思う。
ボイス的なるもの、ボイス的な不穏さ、関わったら傍観者ではいられない粘着的な言説。 そういうものは、何度でも復活されなければならない。

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