2011年5月27日金曜日

メカニックなものとしての芸術 その2

価値のある芸術作品は、何か別のものにつながっている。
そこにある素材は、全く別のものに変容する。
全く別の領域につながる。

この「別の何かへの変容」がその作品にこの上ない強さを与える。
その強さは、芸術家の本人の強さである。
しかしその芸術家が、他の人に比べて特に生きる力が強いというわけではない。
芸術家の生が、もっとも正確かつ良いやり方で表現されているということである。

作品がその芸術家と不可分になっており、
その芸術家にしかできない表現ができている。

個性が、もっとも良い方法で表現されている。
いってみれば、自己実現が、技となっている。

野球選手のイチローはもっとも自分に相応しいプレースタイルを確立している。
すなわち野球による自己表現、自己実現ができている。
その表現は、極めて個性的であるし、イチローにしかできないものである。

技となった行為の、ひとつひとつメカニックに説明できる。
イチローは、自分のプレーのひとつひとつを細かく説明することができる。
芸術家も、素材の選び方、絵の具の練り方、筆の運び方などを細かく説明することができる。

しかし、出来上がった全体像は、全体が一つになってしまって、不可分のものとなり、全く別の領域につながってしまう。
説明は不可能だ。これが芸術の謎である。



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