2010年4月4日日曜日

言葉について

今の文化体系において
感覚が絶対的に足りないと気づいて
このメッセージサイトを立ち上げたのだが
わが道の困難さに
しばし立ち止まって考え込んでしまう。

この世を支配しているのは
身体的な感覚的な言葉ではなくて
脳的な、分析的な言葉だ。

言葉の前提となる共通条件がない
言葉が通じないという困難さである。

それは覚悟の上で始めたことなのだが。

しかし、ともすればこの私も
論理的で分析的な、世間の言葉に
右往左往してしまう。恐ろしいことだ。

感覚的、身体的な
新しい言語の体系を築いていくことは
確かに必要なことだと思う。
長い道になるだろうが。

0 件のコメント:

コメントを投稿