2010年3月16日火曜日

臓器的 認識の方法

僕が米糊(ご飯糊)を塗りたくっているのはなぜだろう。

それは、大げさにいえば世界を認識する方法だからだと思う。

人間の認識は、意識だけで行われているのではなくて、
無意識の肉体の活動が反映されていると思うのです。

脳は、特別なもののように
思われていますが、
臓器の一つに過ぎない。

各種の臓器の無意識の活動が
認識を作っている大きな要素だと思うのです。

私は米糊を「塗って」いるのではない。
何かを「見て」いる。
「見る」ということは、網膜に入ってくる光の情報に意味を与えて解釈することです。
すなわち、見るということは、作っていることです。

光の代わりに糊があり、目の代わりに手でつくっているのです。


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