2014年5月7日水曜日

量子と意識

5月4日放送のNHK「サイエンスゼロ」は、超能力特集だった。
その中で私の興味を引いたのは、人々の意識の高揚によって乱数発生器の乱数の出方に偏りが生じるというものだった。

アメリカのネバダ州の砂漠で7万人が集まるというイベントでそのシンボルである巨大な「バーニングマン」という人形が燃やされるとき、乱数発生器の0と1の発生に著しい偏りがみられるということです。

乱数発生器の原理は量子的現象で、粒子がトンネル効果で物体を通りぬけられるか否かによって発生する0か1かが決定されます。つまり予測不可能な確率的現象です。

人間の意識が、この量子力学的な現象に影響を及ぼすということは、どういうことなのでしょうか?


すぐ思いつくのは、意識は量子的現象であるとするロジャー・ペンローズの説です。
量子は光であると同時に波であるという性質があり、人間が観測しようとするとその位置と運動量は変わってしまう。
観測によってそのものが変化するという、人間のこころと同じような性質があるということは、直感的に理解できます。

また、「量子もつれ」という従来考えられていた相互作用とは全く違った作用による相関現象もあるということです。
量子力学は確立して100年あまり経っていますが、「コペンハーゲン解釈」とか「多世界解釈」というような様々な「流派」が存在することも面白い。
どうも量子論は、人間のこころの在りようと深く関わっているものであり、最近の科学の精緻な測定技術によっていままで隠されていた作用があきらかになりつつあるようです。
面白くなるのはこれからのようです。


私はかつて、ある文章に以下のように書いたことがあります。

 私たちの感覚は、普段は無意識に家事や仕事や娯楽などの目的に従っていますが、
それがにわかに主人公となって私たちを襲うのです。
 私たちは、ヒトとか人間とか言われる者とは別の種類のモノに変わります。
この世界に投げ出され、世界と自分の有り様をまざまざと体験している、或る奇妙なモノとなります。
かつて無かった、いや発見できなかったモノです。
天空に散りばめられた星をつないで星座をつくるように、壁のシミを見て人の顔と思うように、
不定の何かに或る見解を与えられて辛うじて一つのまとまりであるような、そのような種類のモノとなります。

私の意識は、個人としてあらねばならないという外部環境による強制から捏造されたものであるような気がしてなりません。

ありのままの姿があるとすればもっとばらばらで、統一されていないようなものではないだろうかと思います。
そしてそれは、量子の状態と良く似ていると思うのです。


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