2011年7月17日日曜日

ゲシュテルについて

荒川沿いの浄水場と水再生センターを見てきて
私はしばらく考えていた。
今、私たちと自然との関係は、あの工場のような施設を通じて
つながっているのだということ。
このことをどう捉えたら良いのか、考えあぐねていました。


つくづく私たちの社会は、「ゲシュテル」なのだなあと思います。
ゲシュテルとは、晩年のハイデガーの概念で、
「自然から人間の都合の良いものを引っ立てて利用する仕組み」
とでもいうものです。
そしてゲジュテルは、我々人間をも引っ立てて、労働やら消費やら娯楽やらに
引っ立てています。
ゲシュテルは、資本主義システムそのものであるともいえます。


つまり、ゲジュテルと自然との関係が、私たちと自然との関係そのものと言えます。


普段は資本主義的なテクノロジーの中に暮らしていながら、
ときどき公園やら観光地にいって自然に触れるというのは、ノスタルジックな感傷にすぎないだろう。


ゲジュテルを抜きにしては、
自然―身体―精神―社会 をつなぐというコンセプトも、実に怪しいものである。
ロマンティックな憧れに過ぎない。


社会と自然はゲシュテルでつながっている。
ゲシュテルを身体感覚で分かること。このことが必要だろう。




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